大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4373号 判決 1976年10月04日

原告 ヒロス化工株式会社

右代表者代表取締役 南郷茂宏

右訴訟代理人弁護士 中津市五郎

同右 中津靖夫

被告 日本電化工業株式会社

右代表者代表取締役 竹内昇

右訴訟代理人弁護士 川崎友夫

同右 大江保直

同右 石田義俊

同右 斉藤栄治

同右 佐藤孝一

主文

被告は原告に対し、金二九万八〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年六月一一日以降支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分して、その一を被告の、その余を原告の、負担とする。

本判決第一項は、確定前に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金六八二万八七一〇円及びこれに対する昭和四六年六月一一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  被告は原告に対して、東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第一六〇一号(東京高等裁判所昭和四三年(ネ)第一六一四号)確定判決による債務名義を有したが、昭和四六年六月八日その執行力ある正本に基き、被告代理人である弁護士川崎友夫は左記建物(以下本件建物という。)に対する明渡の強制執行に着手した。

東京都中央区越前堀二丁目一番地

家屋番号 同町一番九

種類 事務所・倉庫

構造 木造スレート葺二階建

一階 一五八・六七平方メートル

二階 一五八・六七平方メートル

二  右同日被告から執行を委任された執行官内村寅吉の催告に対し原告が同月一一日までに任意明渡をする旨申し出たところ、執行官は強制執行を中止して引き上げた。

三  ところが被告は、執行に名を藉りて原告に不当に損害を加える目的で、その代理人である弁護士Aが昭和四六年六月一〇日、内村執行官に再度強制執行を催促し、同日現場に臨んだ。原告従業員で現場に居合わせた田沢京子から電話連絡を受けた原告代表者は、内村執行官に架電して猶予を要請し、同執行官は中止を約束した。

四  しかるに、被告代理人A弁護士は中止を肯んせず、同執行官と取組み合いの末、その命令に反して引き連れて来ていた人夫数名を督励し、原告所有の商品・什器等を庭に投げ出し、使用不能に陥らしめた。これは被告の強制執行に名を藉りた暴力沙汰であり、被告使用人の不法行為でもあって、被告は民法七〇九条・七一五条により、原告に対して損害賠償の責任を負う。

五  右不法行為によって破壊された原告の物品の明細及び価額は別紙目録(一)の通りである。

六  また、被告の強制執行によって原告は本件建物を明渡したが、本件建物につき原告は別紙目録(二)の通り必要費・有益費を支出しているから、被告は原告に対してこれを返済すべきである。

七  よって、合計六八二万八七一〇円及びこれに対する右明渡の強制執行の翌日である昭和四六年六月一一日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

被告訴訟代理人は、請求棄却、訴訟費用原告負担との判決を求め、事実上の答弁として、「請求原因事実は全部否認する。被告は、本件建物につき明渡の強制執行をしたことはないが、次のとおりの事情がある。(一)被告は本件建物につき、昭和四三年七月一九日東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第一六〇一号事件につき、請求原因記載の二つの判決の確定によって仮執行宣言付の明渡の債務名義を獲得した。(二)被告はこれに先立ち、右事件を本案として本件建物につき東京地方裁判所昭和二九年(ヨ)第六九五号占有移転禁止執行官保管の仮処分決定を得、これを執行した。(三)しかるに、その後、訴外株式会社ヒロス及び訴外田沢京子らが本件建物を占有使用したため、(一)の債務名義の執行力ある正本に基づく建物明渡の強制執行は執行不能となった。(四)(1)そこで被告は、(二)の仮処分命令違反に基づき右株式会社ヒロス及び田沢京子を債務者として昭和四六年(ヨ)第二七三八号建物明渡断行仮処分命令を申請し、同年六月五日右決定を得た。(2)よって被告は、内村執行官に右決定の執行を委任し、同執行官は同年六月八日及び一〇日の両日で、平静にその執行を完了したものである。」と述べ、「(1)仮りに、原告主張通りの暴力行為があったとしても、原告には損害の発生がない。本件執行によって搬出されたものは、廃品同様のものばかりであった。(2)仮りに、原告に損害が生じたとしても、本件執行は執行官が職務行為としてなしたもので、被告は執行官の求めに応じて自己及び関連会社の従業員を執行行為の履行補助者として提供したに過ぎないし、その者らが執行官の指示を越えて執行行為をしたこともないのであるから、原告の損害に対する賠償責任は執行官が負うべきであって、被告には責任がない。」と附陳し、抗弁として、「(1)被告は本件建物を原告に賃貸していたものであるが、昭和二九年一月、被告は原告に対して契約解除の意思表示をし、建物明渡請求訴訟を提起し、同訴訟は昭和四七年二月一八日、上告審において本件原告の敗訴となり、右解除の意思表示の有効が確定された。(2)原告は、本件仮処分執行の完了によって、昭和四六年六月一七日右建物の占有を失い、被告は同日本件建物の返還を受けた。(3)従って、仮りに、原告が請求原因第六項のような費用を支出しているとしても、(イ)被告から償還を受けるためには、民法六二二条、六〇〇条により、右返還の日から一年の除斥期間内に請求権の行使を要するところ、原告はそれをしなかった。(ロ)特に必要費については、民法第六〇八条第一項により支出後直ちに請求しうるから、別に支出の時から消滅時効が進行するものであるところ、原告主張の支出時期は別紙目録(二)記載の通りであるから、それぞれ一〇年を経過した時点で、必要費償還請求権は時効により消滅している。よって本訴において、これを援用する。」と陳述した。

原告訴訟代理人は、「被告主張の事情(一)(二)は認める。(三)は不知。(四)(1)は不知。(四)(2)は外形的事実としては認めるが、六月一〇日の行為は執行ではない。」と答え、「かりに、六月八日、一〇日の執行が株式会社ヒロスないし田沢京子に対するものであったとしても、六月八日の際の被告代理人川崎弁護士、同月一〇日の際の被告代理人A弁護士は、所在物件の所有者が原告なのか右株式会社ヒロスないし田沢京子なのかを確認しなかった点に過失があり、ことに六月一〇日の際には執行といえない暴力行為を敢てせしめた違法がある。」と付陳し、抗弁に対しては「本件は原告が被告から暴力により追い出されたものであるから、民法第六二二条・第六〇〇条の適用はない。本費用償還請求は実質的には不当利得の請求である。また、時効消滅の主張も争う。」と答え、再抗弁として、「仮りに民法第六〇〇条の適用があっても、除斥期間中に権利者が裁判外で請求すれば効力を生じないものであるところ、原告は昭和四六年六月一七日から一年内に口頭で被告に対し度々請求した。」と陳述した。

《証拠関係省略》

理由

一  本件は、強制執行の実施態様が違法不当であったことに基づく損害賠償の請求であり、当裁判所はほぼ二年にわたりその審理をして来たが、双方の主張は、執行態様についても損害の有無についても、極めて尖鋭に対立して和解の機運すら掴めぬ点において特徴的であったと考える。結論として当裁判所は、執行態様の争点については不法行為成立の可能性を認定したが、現実に損害を認定したのは、原告主張物件中二点だけであった。右のような事案の性質上、心証の過程にも及んでやや詳しい判示を試みることとするが、それに先立ち、当事者間の紛争の経緯を概観しておこう。

本件建物の敷地はもと伊勢田富二が所有していた。その上の建物が戦災にあって後建てられた本件建物を取得した遠山某はこれを原告に昭和二四年一月に貸した。その後昭和二六年二月被告の前身である東北電化工業株式会社が建物の所有権を取得し、賃貸人の地位を承継したが、昭和二七年から本件建物の一部を使用するようになった。

昭和二九年一月本件建物内に火災があり、被告は原告に責任ありとして賃貸借契約を解除し、原告占有部分に対して明渡請求訴訟を起したが、原告としては失火の責任が自分にあるということを納得しなかった(この点は《証拠省略》によってある程度心証を得ることができる)。

昭和三二年一一月、原告代表者は妻の名義で本件建物の敷地を買い取ったので、土地所有者にして建物賃借人である原告側と、土地賃借人にして建物所有者である被告側との争いになった。

被告からは前記建物明渡訴訟(東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第一六一〇号)が、原告側からは建物収去・土地明渡訴訟(同庁昭和三三年(ワ)第二五六七号)が提起され、いずれも控訴・上告を経たが、判決はすべて本件被告側に有利な結論となった。原告側は更に期間満了を理由に建物収去・土地明渡訴訟(同庁昭和四六年(ワ)第一九〇七号)を提起し、現在継続中である。

以上の事実は、弁論の全趣旨から認められるところである(当事者間に争いない部分もあるが、一々判示に及ばない)。これを前提として、以下、請求原因に即して争点を判断していくことにしよう。

二  訴状請求の原因によれば、被告の本件建物に対する昭和四六年六月八日及び一〇日の強制執行は、当庁昭和二九年(ワ)第一六〇一号の判決を債務名義とするものであったというのであるが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、当事者間に争いない被告主張の事情(一)(二)により、被告が右債務名義の獲得に先立ち、右事件を本案として当庁昭和二九年(ヨ)第六九五号仮処分決定を得ており、原告は本件建物の占有移転禁止を命ぜられ、本件建物は執行吏保管になっていたこと、《証拠省略》によれば、本件建物の占有者になっていた株式会社ヒロス及び田沢京子に対して、当庁昭和四六年(ヨ)第二七三八号仮処分決定により明渡断行の仮処分が命じられ、前記両日にはその執行がなされたことが認められることとを合せると、原告当初の主張は、この明渡断行の仮処分執行を前記債務名義の本執行と誤解してなされたものであったと推測できる。

そこで、原告は、本件執行が仮りに被告主張の通りの仮処分執行であったとしても、原告の所有する動産に対する暴力的執行であった以上、請求は維持できると主張する。そして、たしかに、被告がこの時に有した債務名義からすれば搬出される物件はすべて株式会社ヒロス所有のものであるべきで、原告所有の物件は含まれてはならなかった筈であるから、もし原告主張のように物件がすべて原告所有とすれば、そのことだけでも被告の不法行為責任を成立せしめかねないのである。

しかしながら、《証拠省略》によれば、株式会社ヒロスは、昭和三〇年一〇月港区麻布広尾町一四番地に設立された三茂今成株式会社が昭和四六年二月二二日原告商号であるヒロス化工株式会社とよく似た株式会社ヒロスなる商号に商号変更の登記をすると共に、原告所在地である中央区越前堀二丁目一番地に所在地を移転して、本件建物を原告と共同使用することになったもので、そのため、同年三月一六日の原告を債務者とする東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第一六〇一号確定判決による明渡執行が一部分執行不能となったことが認められること、本件建物が既に占有移転禁止仮処分の対象となっていたことと右の事情とから、株式会社ヒロスを執行債務者とする本件明渡断行仮処分がなされた(二つの仮処分自体は争いがない。)と認められること、しかるに、先の主張変更からも窺えるように、原告自身、本件において、株式会社ヒロス所有の物件の存在は全く念頭にないようであること、これらの事実と冒頭に摘示した原被告間の多年の確執とからは、株式会社ヒロスなるものは、原告が被告による明渡執行を妨害するため商業登記簿を操作しただけの有名無実の存在であったと考えられ、本件建物内の現実の占有者は終始原告であったとみるべきであるが、しかし、原告が株式会社ヒロスの名を藉りて被告の明渡執行を妨害しようとした事実があった以上、禁反言の法理からも、法人格否認の法理からも、原告は、被告が原告の物件を株式会社ヒロスの物件として搬出した行為を問責しえないものというべきである。従って以下では、執行債務者の名義に拘泥することなく、真の争点である執行態様の問題の判断に進むこととする。

三  本件執行、ことに六月一〇日のそれが、どのようであったかについて、当裁判所は、原告代表者のほか八人の証人を取り調べた。計九名の供述内容は二つに分類でき、原告主張の通り乱暴な執行であったとするのが矢沢新吾、東弥哲、中嶋忠三郎、矢沢喜代子、矢島つぎ子、原告代表者の六名、被告主張の通り平静な執行であったとするのが内村寅吉、石倉勝一、Aの三名であるが、前者中、東証人、中嶋証人、原告代表者の三名は直接執行現場にはいなかった旨供述しているので、直接の見聞者は三名対三名となる。被告に有利な供述をする三名は、内村証人は担当執行官、A証人は債権者(被告)代理人、石倉証人は執行補助のため債権者(被告)が内村執行官の指揮下に入らしめた数名の者の引率者であり、殊にA証人は弁護士であるから、その供述内容は本来証言価値の高いものと考えられるのであるが、執行の態様が争われている本件における右各証人はいわば当事者的な立場にあるので、純客観的な証人の立場における証言とは、証拠評価の上でおのずから劣るものあることを免れない。――他方、原告に有利な供述をする直接証人中、矢沢新吾・矢沢喜代子は夫婦であって、その供述の一致は相互に関係のない両証人の供述が同様である場合ほどには評価しえないばかりでなく、《証拠省略》によれば、矢沢新吾は、本件執行の直前である昭和四六年五月半頃(《証拠省略》によれば執行官に対しては三月中旬入居と答えたことが認められるが、採用しない。矢沢喜代子証人の供述から、家族同伴でなかったことが明らかであるのに、家族と共に入居した旨供述するなど、執行官に対しては正確なことを言っていなかったように思われるからである。)本件建物の一階中央部と二階六畳とを借り受けて印刷所を経営していたため、六月八日、一〇日の明渡執行に際し右部分が除外され、二階六畳は六月一七日任意退去して明け渡したが、一階の印刷機械の撤去は、被告が別途当庁昭和四六年(ヨ)第四一六六号仮処分決定を得て六月一七日明渡断行の仮処分を執行し、一八日に撤去された、という事情が認められるので、本件で証人とはいっても、やはり当事者的色彩の濃い立場にあることを否めないので、その供述だけでは、前記被告に有利な三証人の供述をくつがえすに足りない。しかし、残る矢島証人は近隣の女性で原告代表者とは従来面識もない旨供述しているところからも客観的立場からの供述が期待でき、同証人の供述から少なくとも二階から重い物を投げおろすというやり方が取られていたことについては十分な心証が得られ、A証人の供述するような、下で支えて受け取るというやり方だけではなかったと考えられる。これに先に目撃者でないとして別にした中嶋証人が後日内村執行官が当日の執行についてやり過ぎた旨語ったとの供述を考え合せるべきである。同証人は弁護士である点では、A証人と同様一般的に供述に信頼できる筈であり、反対尋問に対する供述によると、内村執行官のことばは当日無理にやることはなかったのに強行した点を悔んだに過ぎぬようなニュアンスもないではないが、総体としては、執行のやり方が乱暴なのでまずかった旨執行官が語ったとの趣旨の供述と認められるのである。

四  右を要するに、証人や原告代表者の供述からは、六月一〇日の執行は重い物を二階から落したりした乱暴なものであったとの心証はとれるが、具体的な様相については何も分らない。そこで、これについては甲第一号証の一ないし三六を合せ考える必要がある。その成立は東証人の供述によって認められる。またその撮影年月日については、原告側は六月一一日すなわち本件執行の翌日と主張しており被告側はこれを争うもののようであるが、撮影者である東弥哲の証言によれば、同人は原告代表者とは取引関係なくゴルフ関係の友人というに過ぎないが、写真に趣味を有し本件現場近くで倉庫営業をしている関係から、執行後の現場保存の撮影を依頼されたというのであり、現場に撮影にいったことは一日だけであったとの供述も心証を得ることができる。問題はそれがいつであるかであるが、弁論の全趣旨によって成立を認めうる甲第二号証中、自動車移動の点の記載及び中島証人の供述中、現場にいった時に今日写真を撮ったと聞いた旨の部分などと甲第一号証とを合せると、甲号各証の写真が撮影されたのは、六月一一日と認めるほかない。

五  甲第一号各証を検討するに、全部で三六枚あるが、同号証の三一ないし三六の六枚は明渡後の屋内の状況であり、同号証の九はむしろ執行が丁寧に行われた部分もあったことを示すものであり、また、同号証の一と一〇、二と一六、三と二四、四と三〇、五と一三、六と一五、七と一八、八と一一とは同一のネガ(あるいは念のため二度撮しをした実質的同一のネガ)から焼いたものと認められるし、同号証の一二は七や一八と、二一は四や三〇と、視角をやや変えたに過ぎず別の情報を提供するものではないので、検討の対象は実際には一、二、五、六、七、八、一四、一七、一九ないし二九の一九枚である(このような重複は、東証人尋問の後同人撮影の全写真の提出を慫慂した当裁判所の訴訟指揮の結果であるから、重複しているからとて原告の立証を非難するものではないが)。

このうち、甲第一号証の七(一二、一八)は、原告側証人がこれを示されて、執行後の状況がこのとおりであった、あるいは、このようであった旨供述した写真であり、その右側にかけられたビニールのカヴァーは、原告代表者が執行の当日夕方、雨に濡れないよう自分で掛けた旨供述したことが調書上明らかであるが、後方に見える電信柱は同号証の二八に見えるのと同じと認められ、そこに見えている自動車は同号証の一七、一九、二〇、二一などに見える自動車であるから、右同号証の七には後者の自動車が写っていないことから、執行後の状態そのままでなく、自動車を動かして(それは、唯一つ逆方向に写っている同号証の二九の右手の塀を破って出したのであろうことが、前記甲第二号証を参酌して推測される。)後の状態であることが明らかであり、従って、同号証の七には、同号証の二一や二九で自動車の周囲に写っている雑多なものが更に積み上げられた有様が写っていることになるし、ビニールのカヴァーもそれ以後に掛けられたと認めなくてはならない。そして、それは、同証の左側に写っている自動車のシート様のもの(これは、石倉証人の供述により、同人が当日持参したシートと認めてよいと思われる。)についての各供述の評価にも影響するところである。

また、自動車の移動する前の状況を示す写真を検しても、甲第一号証の二八と二七とを比較すると、左手奥に引繰り返っている四脚の台の姿勢が変わっていることが認められるが、更に同号証の一七は二七の車の上の物が取り除けられた状態であること、一六は四脚の台の姿勢及び隅に穴の明いた雨戸様のものとの関係位置から右一七に接続せしめうる一方、手前に写ったビニールカヴァー及び左手に写っている淡緑色のプラスチック板を木枠で囲ったものとからは前記七(一二)にも接続せしめうるものであること、を総合すると、自動車を移動させる前後に積直しのようなことが行なわれたことが窺われる。それは、同号証の一四、二二、二六に写っている畳と同号証の八に写っている畳とが同一物でありながら、機械との関係位置を異にしていることでも裏付けられよう。従って、執行の現場をそのまま保存した写真といいうるものは比較的少ないことになる。

六  もっとも、積直しがあったにせよ、総体として、執行によって搬出され、あるいは投げ出された物品が写されていることは明らかなのであるから、その限りでは証拠としての効用を認めなければならない。問題は、これによって、原告主張の各物件の毀損が認められるか否かである。

原告主張の各物件が存在した証拠として原告は甲第七号各証以下の甲号諸証を提出している。これらは、昭和五一年三月一五日以後、結審間際の三回の口頭弁論期日に順次提出されたものであるが、甲第七号証の一を除けば、いずれもその作成日付からは、昭和四九年七月原告の請求原因を否認する旨の答弁書が陳述されて間もなく提出されて然るべきだったものであって、その故を以て直ちに後日の作成にかかると断ずることには躊躇せられるにせよ、その記載どおりの物件の存在の心証形成上には不利に働くことを否み難い。

しかし、甲第一号各証の写真で裏付られるものについてはもちろん積極的な心証に導かれる。例えば、甲第一号証の八の写真は、別紙目録(一)の3イの高周波ウエルダー(その減価償却後の値は、少なくとも価格の点につき弁論の全趣旨によって成立を認めうる甲第七号証の二によって一七万八〇〇〇円と認められる。)と、また、同号証の一の写真は、同目録(一)の3ロの高周波ミシン(その減価償却値は右同様にして一二万円と認められる。)と、それぞれ特定識別できるが、その他は、同号証の二三の足踏ミシンのように、むしろ投げ下ろされず破損しなかったと推認されるようなものを除けば、何も特定識別しえない。先にいわゆる自動車移動前の状態を示すと考えられる同号証の二一を見ても、いわばがらくただらけであり、商品ないし原材料品の原形を推測させるものはない。――原告はこれに対して、暴力執行によって破壊されたから、と答えるのかも知れないが、当裁判所が先に認定したのは、二階から重い物を投げ下ろすというようなことがなされた点において乱暴な執行ということであって、わざわざ物をこわし梱包をほどくといった行為に出たとは認められないのであるから、同証のがらくたぶりはそれでは説明できない。また執行後何日も経たあとなら風雨に打たれてボール箱の類いが原形をとどめなくなることもあろうが、この写真は、先に認定したように、執行の翌日撮影されたものなのである。そして、これらの写真は、原告代表者が執行による損害の情況を保存するため特に依頼して撮影させたものだったというのであるから、先の高周波ウエルダーでのような明白な証拠写真を、請求にかかる他の物件の一々についてもいくらでも残しえた筈なのである。

もちろん、右のように言っても、がらくたでないものも認められるのであり、前記のように乱暴な執行であったとの心証も存する以上、原告主張のその余の物件についても何らかの損害があったかも知れぬとの印象は払拭し去れない。しかし、前段までに詳細に述べたような事情を併せ考えると、十分な心証を形成するには至らないのであり、本件において損害の発生につき証明責任を負う当事者は原告なのであるから、右の心証不十分は結局原告の不利益に帰することとならざるを得ない。

七  以上の考察の結果、原告主張の別紙目録(一)の物件中、本件執行によって毀損されたものとの心証を形成しうるのは、3イロの両物件のみで、これについて不法行為の成立を論じうることになるが、その賠償額は二九万八〇〇〇円となる。

八  ところで、被告は、原告に生じた損害は執行官が賠償の責任を負うべきである旨主張する。案ずるに、民事訴訟法第五三二条が昭和二二年法律第二二五号によって削除される以前においては、執行吏の第一次的賠償責任が論ぜられたのであるけれども、現在においては、執行官の職務執行上の違法については第一次的に国家賠償を考えるべきである。しかし、これらは、執行債権者にも故意・過失ある場合、不真正連帯責任を生じることを妨げるものではないと解すべきところ、本件執行において被告代理人として執行現場にあったA弁護士にも被告が執行債権者として執行官に提供した補助者の行為を監督すべき義務を肯定することができ、従って、その者達が二階から高周波ウエルダーなどを投げ落すといった乱暴な行為をした場合、それが執行行為として為され、第一次的には執行官の指揮に服すべき性質の行為であったというだけで、それを制止しなかった不作為の責任を免れることはできないと解すべきである。結局、同弁護士の不作為により、被告は原告の前示損害につき不法行為による賠償の責任を負うことになる。

九  進んで、必要費・有益費の償還請求について考察する。原告はその立証として《証拠省略》を提出しているが、それによる認定に先立ち、被告主張の抗弁について判断することとしよう。けだし、民法第六二二条・第六〇〇条により、借主の支出した費用の償還請求権は、返還時から一年内に行使されることを要するところ、返還は昭和四六年六月一七日であることは原告の明らかに争わぬところであるから、昭和四七年六月一七日までに行使されなかったとすれば、費用支出の有無も額も確定するまでもないからである。――原告はこれに対し、本件は暴力執行であるから、民法第六〇〇条等の適用がないと主張するが、前判示のように執行上の行き過ぎが認められるからといって、民法上貸借物の返還の効果が生じない理由はないから(例えば、賃料ないし賃料相当損害金の支払義務の消滅なども同断の筈である。)、右主張は採用できない。また原告は、不当利得を云々しているが、民法第六〇〇条の費用償還は不当利得の特則と見るべきものであるから、第六〇〇条の適用を考えれば十分である。

更に、原告は、仮りに民法第六〇〇条の適用があっても、期間内に請求をすればよいと論じている。しかしながら、当裁判所はこの見解に同ずることができない。けだし、同条は、「時効ニ因リ」との明文がないことからも、民法第五六四条・第五六六条第三項・第六三七条第一項等との文言の類似からも、消滅時効でなく除斥期間を法定したものと考えられるのであるが、原告主張のような中断類似の効果を認めることは除斥期間と時効との区別をなみすることに帰し、到底採用しえないのである。

そうすると、被告抗弁(1)の事実は原告の明らかに争わぬところであるし、同(2)についても先に判示した通りであるから、原告の費用償還請求は、その余の判断をするまでもなく、除斥期間の経過によって理由がないというべきである。

一〇  以上を総合すると、原告の請求は、被告に対して、二九万八〇〇〇円及びこれに対する執行の日以後である昭和四六年六月一一日以降支払済まで民法所定の年五分の損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、九二条、仮執行宣言については同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例